第7講(2)将来の自動車と燃料

 当時(2008年頃)は、自動車に限らず、燃料電池(数ある燃料電池のなかでも、特に固体高分子型)への期待が最も高かった時代で、一般には、自動車は、将来は燃料電池車になり、いつできるかが問題なだけ、という意見が主流だったように思います。2008年当時の状況と、ひとつの見方ということでご理解いただければと思います。(2020年6月)

 (「昨日今日いつかくる明日―読み切り「エネルギー・環境」―」(2008年刊)より抜粋)

将来の自動車と燃料                             

 前講、また以上に述べた水素、メタノール、エタノール、燃料電池はいずれも自動車との関わりが強い。ここで、将来の自動車の燃料と原動機について考えてみよう。

 自動車の動力は約100馬力である。即ち100頭の馬と餌の飼い葉、それに馬小屋の代わりに、75kW(1馬力はおよそ0.746kWである)のエンジンとガソリン・軽油、車庫がその役目を務めている。これが「動力革命」である。自動車の発明から150年、今後、自動車用の原動機と使用される燃料が如何に推移していくか、エネルギー・環境問題を考える上で,その動向は大きな影響をおよぼすことはいうまでもない。現在、日本での保有台数は7000万台であるが,米国は約1.5億台,世界では約6億台に達している。中国などでの普及が急激に進んでいることもあって、このまま増え続けると,20年後には10億台になると予測されている。ガソリン、軽油を中心に自動車用に用いられる石油は、世界で既に年間20億トンに達しており、これは化石燃料使用量の20%、CO2発生量への寄与率18%の巨大な量である。

 機械の総出力規模としては極めて大きい。自動車の出力を平均100馬力(約75kW)として日本の7000万台は、合計50億kW相当の能力ということになる。日本の発電所の能力は約2.5億kWであるから、自動車は発電所の約20倍である。ただし、発電所は平均して半分以上の時間は動いているが、自動車の方は皆がタクシーやトラックの運転手ではなく、また常に全力で走っている訳でもないから、使用される燃料、排出されるCO2とも両者はほぼ同一レベルとなるのである。

 また、自動車から排出される大気汚染物質、即ち窒素酸化物(NOx),炭化水素(HC),CO、煤塵などに起因する大気公害,酸性雨等の問題もある。したがって,自動車の今後の発展のためには、燃費の改善は当然として、燃料の石油あるいは化石燃料代替性と,排ガスのクリーンさの両面が追求されねばならない。

 例えば50年後には、どのような原動機、どのような燃料が用いられているだろうか。現在,低公害自動車、クリーンカー、エコカーなどと呼称されているのは,電気自動車、ハイブリッド車、天然ガス自動車、アルコール自動車、燃料電池車などである(表7・2)。これらは従来、NOx、HC、煤塵の排出量低減という低公害車としての特性・特長が比較されることが多かったが、石油枯渇対策、CO2対策としての意義づけも併せもつものがあり、比較検討には複雑な面もある。いずれにせよ、それぞれ長短があり、進化を続けるガソリン車、軽油燃料のデイーゼル車を早期に凌駕して普及していくのは難しい。

 このようなエコカーも例によって、並べてばっさり、つまりどれも主流になれるものではない、という説得ある論説もあった。確かに、石油系燃料の供給が、価格の騰落はあるにせよ、曲りなりも継続されれば、当面はその通りであったろう。しかしいまやCO抑制の要請は厳しく、また我々の関心はかなり遠い将来にもある。

究極は燃料電池車それとも電気自動車? 

 「何十年かすれば、究極の自動車・燃料電池車」になるとはよく聞く。そうなるかも知れないし、そうならないかも知れない。一時期はそれが当然の雰囲気さえあったし、その余韻はまだ強く残っている。その前提として、燃料電池に供給する燃料はそもそも何からつくるのか、そしてどういう形で自動車に搭載されるかということも重要である。前者、即ち一次エネルギーの候補は、石炭、バイオマス、太陽光、風力発電、原子力などであり、後者、即ち二次エネルギーの候補はメタノール、エタノール、水素、合成軽油ないしガソリン、電気(バッテリー)などである。原動機がエンジンかモーターか、そのハイブリッド、或いは燃料電池かは、短期的にはともかく数十年の長期を展望する場合には議論の優先順位が落ちる。つまり、全体のエネルギー供給・消費システムの中の自動車という観点で考えるべきであって、自動車の部分だけの特質議論では余り意味がないということである

 自動車に燃料を積み込まないという意味では、電気自動車こそ究極の車と称すべきであろう。燃料電池車はエンジン方式より、効率が良くなる可能性があるというだけで、同じ原動機の一種であるエンジンから機能的な飛躍があるわけではない。もっとも究極とは、将来の保証は必ずしも出来ないが、研究開発費は破格に必要なもの、という意味だとすれば、冠詞を争う必要は寸豪もないのであるが。またこのような扇情的表現は、主にメデイアなどが付与するのであって、当の技術者達は他の分野の技術開発と同様、相応の使命感と現実の困難感とのはざ間で生真面目に悩み精進しているにすぎない。

 ともあれ、首相や大臣が試乗して鷹揚に称賛してみせるデモ車ではなく、世界を走る数億台について、将来の自動車の原動機と使用される燃料の主流が如何なるものになるのか、今後100年位の長期的な将来を、駆け足で推理してみるよう。

 図7・4に輸送用液体燃料の製造法を示した。現在は、原油の蒸留で得られるガソリン分をガソリンエンジン車に、軽油をデイーゼルエンジン車に用いている。ガソリンエンジンにはノッキング性の低い(オクタン価が高い)、デイーゼルエンジンには着火性の良好な(セタン価が高い)燃料が用いられる。一般には、枝分かれの多い炭化水素と、直鎖の炭化水素と、双方のエンジンによって好ましい燃料は逆の傾向がある。メタノール、エタノール、合成ガソリンはオクタン価が高くガソリンエンジンに適し、バイオデイーゼル油、合成軽油はセタン価が高くデイーゼルエンジン向きである。

 まずは、現在の石油系燃料、つまりガソリン或いは軽油使用のエンジンとバッテリーのハイブリッド車が、効率が高くCO2排出量が少ない利点のため、現状のガソリン、デイーゼルエンジン単独型に代わりながら普及していくだろう。ついで石油価格の上昇とともに、燃料の主体が天然ガス、更には石炭あるいはバイオマス起源のアルコール・合成軽油・合成ガソリンとなる。ハイブリッドか、燃料電池が原動機の候補であり、原子力等の電力を用いた電気自動車も競合的に使用される。勿論、現在のブラジル・米国のエタノール、或いは先講で述べたバイオデイーゼル油などのように一部先行的に使用されるものもあり、燃料と原動機の多種多様な展開が想定される。即ち、何時かは誰も明確にいえないが、石油系燃料が逼迫する、必ず訪れるその時期には、電力を含め燃料の方が原動機を選ぶ度合いが高くなるということである。そして、当然ながら、不必要な速度能力と大きな体で燃料をたっぷり食する車には、その前の適切な時期に身を引いて頂く必要があろう。

表7.2 低公害自動車の分類例

(1)ハイブリッド車

エンジンと電気モータなど複数の動力を切り替えて走行する

(2)電気自動車

バッテリーからの電力でモータを作動させて走行する

(3)燃料電池車

燃料電池で電力をつくりモータを作動させて走行する

(4)代替燃料自動車

天然ガス,アルコール,LPGなどをガソリン,軽油の代わりに用いエンジン駆動で走行する

   

 図7.4 輸送用液体燃料の製造法