第8講 酸性雨と大気汚染(NOxを中心に)

 現在では、酸性雨という言葉はあまり聞きませんが、その原因であるNOx、SOxは、現在でも大気汚染物質の代表格であり、その低減技術は関連業界での技術者の大きなテーマです。ここでは、特にNOxについて、生成機構などの概要を述べました。 (2020年6月)

(「昨日今日いつかくる明日―読み切り「エネルギー・環境」―」(2008年刊)より抜粋)

21世紀は環境の世紀  

 21世紀は、環境の世紀、生命の世紀、情報技術の世紀、あるいは水、天然ガス、農業、女性の世紀等々ありとあらゆる冠詞がつけられた世紀でもある。このうちでも「環境の世紀」とは最も一般的に認められたキャッチコピーであり、それだけ緊急でかつ解決に持続性を必要とするということであろう。酸性雨、大気汚染もまたこの「環境の世紀」に解決を迫られる大きな課題である。

 もっともここで気軽に21世紀と使ったが、今後50〜60年位が山場という感じであろう。当然ながら自然科学は100を特別な数とは認識しない。1日、1年には意味がある、また1箇月にも意味がある。月の引力は、現在、再生可能エネルギーの一種である潮力発電などとして利用されているが、満月の夜の海がめや珊瑚の大産卵などに知られるように、その影響は人類を含めた生物界の生態や行動の深い部分に刻印されている。しかし、100年には自然科学上の意味はない。100という整数は素数でもなく、何かのべき乗でもなく、整数のうちでも特別な意味を持たず、人間の手の指の数に由来する進数であるに過ぎない。世紀はキリスト生誕起源の、100年を単位とする完全に西欧の観念であり、これを区切りに物事が進んで行く訳ではないのであるが、最近は何やら「世紀」が思考の時間軸として正統な、神聖ささえもって捉えられているようにも思える。

酸性雨とは  

 同工異曲になるが、pH(水素イオン濃度指数)について考えてみよう。pHは、酸性雨が問題になって以来、一般にも頻度高く使用される化学用語で、簡易計測装置も多数販売されている。高校化学でも学習するようにpH=―log[H+]、即ち水素イオン濃度[H+]の逆数の常用対数で水素イオンの能力を示し、pH7が中性でそれ以上であればアルカリ性、小さければ酸性である。底が10の対数であるからpHが一違えば水素イオン濃度が10倍違うが、定義からしてマイナスの値をとる事も、14以上の値になることもある。ところが、多くの所で、「pHには0から14まである」、「0から14までの数値で表される」という表現に出会う。つまり定義ないし何らかの法則・原理から、例えば16や―2.6などの値はとれないという感じである。たまたま水のイオン積、つまり[H+]と[OH]濃度の積が25℃で1.008×10―14となり常用対数ではマイナス14に近い、つまり十進法で切りのいい数値に近い所から、こうなるのだろうが、もし、pHの下限が0なら、つまり、塩酸や苛性ソーダなどの水への溶解度が、これで規定されるのなら、これはまた卓越した自然法則なのだが、残念ながら「水素イオン濃度」という便宜的な値にそのような役割は担えないのである。実際、マイナス2〜16まで計測可能という少し高級なpH計も販売されている。

 とはいえ、pH値は簡便で指標としては、判りやすく優れたものである。そして酸性雨の定義も「5.6以下のpHの雨」となっている。これは大気中360ppmのCO2濃度で飽和した水のpHに相当する。即ちこの水滴に少しでも硝酸・硫酸が含まれると酸性雨となるわけである。もっとも実際上は、酸がアルカリ分を含んだ土壌粒子に中和されてpHが7近くとなっただけの雨も「良い雨」とはいえないから、 pHだけでは評価できないし、また雨でなく、雪や霧、或いは固形状の形態をとるものもある。要するに、酸性雨は人為的に排出された硫酸、硝酸、塩酸などを何らかの形で相当量含んで生態系に害を与えるものの総称と考えたほうがいい。

 そもそも酸性雨acid rainなる用語は、130年以上前の1872年、英国のR・A・スミスの著書に発し、そこでは既に、酸性降下物が硫酸系と硝酸系とに区分され、これらの石炭燃焼による生成メカニズムが述べられているとのことである。丁度英国が世界最大の工業国であり得た最後の時期にあたる。

 酸性雨の主因であるSOx、NOxとも、その発生量については不確定な部分も多いが、現在では化石燃料の燃焼などによる人為的な発生量は自然に発生する量と同等のレベルに達する(表8・1)。昔から雷の多い年は豊作といわれたのは放電によって空気中の窒素が酸素と反応しNOxとして固定され、吸収されて植物の栄養源になるためであるが、このように硫酸、硝酸は肥料の成分でもあるから適量であれば、富栄養化をもたらす。事実北欧では酸性降下物により植物の成長が促進されたケースもある。温室効果の炭酸ガス(CO2)の場合と同じく、過ぎたるは、ということであるが、人為と自然の発生量が拮抗するようでは明らかに行き過ぎであろう。塩酸もまた良く知られた酸であるが、硝酸、硫酸に比較すれば発生量は圧倒的に少ない。

表8.1 硫黄・窒素酸化物の発生源

硫黄および窒素酸化物の排出量は、化石燃料利用などによる人為起源と自然現象起源とが拮抗している

 ただ、酸性雨の原因となる硝酸、硫酸、塩酸などの生成メカニズムは、概略判明はしているものの、その被害の方は相手が生体だけに難しく、確定していないことが多い。湖の魚類の被害は判りやすく北欧、カナダなどの経験が多数報告されているが、農作物や森林などの植物は酸性雨単独の被害と特定されることは殆どなく、気候やオゾンなどの大気汚染物質、病虫害などが複合作用して被害をもたらしていると考えられている。

(中略)

いろいろのNOx  

 NOx、この窒素と酸素という大気の大半を占める最もありふれた元素のみから成る単純な化学物質は、多くの興味深い性質を持っている。しかも、まだ十分には極められていない部分も多い。

 NOxと総称されるものは、窒素の酸化の度合いの低いものから順に、亜酸化窒素(N2O)、酸化窒素(NO)、 二酸化窒素(NO2)、五酸化二窒素(N2O5)となる。このうち一般の燃焼排ガス中に存在するのは、大半がNO、少量がNO2である。燃焼温度が800℃より低い場合には、燃料中の窒素分に起因する微量のN2Oが含まれる。NOは大気中に出ると、数時間でNO2に酸化される。NO2は更に大気中でN2O5(無水硝酸)をへて硝酸の形となって酸性雨に含まれ地上に降下するのが、NOxの大気中での主要な転換ルートであり、大気中の滞留時間は数日から一週間程度と見積もられている。化石燃料から生成するNOxの総量は、評価が困難で正確な見積りには遠いようであるが、地球全体のNOx発生量の30〜50%にも及んでいる。残りは微生物の作用、雷の放電、サバンナの火災などによるものである。

 一方N2Oは高濃度のものは顔面神経を麻痺させる効果をもち、それは微笑しているように見えることから笑気ガスとも呼ばれる。古くより医療用の麻酔剤として利用され、現在も、全身麻酔の補助薬として多用されている。また最近では歯科での軽い麻酔治療の場合の吸引麻酔薬として使用される。N2Oは他のNOxと比べて安定であり、大気中に長期間滞留し、大気中での寿命は100年から200年と見積もられている。そのため、大気中への放出量は、表8・2に示すように、NO、NO2を1とすると、N2Oは0.3と少ないが、大気中の存在量は、NO,NO2の1300倍に達し、また赤外線吸収能をもつため、CO2と同様に温室効果を有するガスの一種でもある。更に化学的に安定であることから、対流圏で消滅することなく成層圏にまで拡散していき、そこでオゾンと反応してオゾンを酸素に変えてしまう。実は、フロンより以前にオゾン層破壊の可能性が指摘されていた物質でもある。

 表8.2 大気中のN2OとNO,NO2存在量

N2OはNO,NO2と比較して大気中への放出量は少ないが、化学的に安定なため、存在量は多く、また毎年少量ながら増加している。赤外吸収能をもつ温室効果ガスの一種である。

 このような、地球環境にとってはなんとも始末の悪いN2Oであるが、排ガス中濃度の分析手法については当初、大きなトラブルがあった。1990年代の初め、米国の有力な研究機関が発表したデータでは、多くの燃焼機器からの分析値が、SOX、NOx濃度の高いプラントほどN2O濃度も高く、その絶対値もかなりの高レベルとなっていたのである。高いものではNO濃度の5割に近く、温暖化影響を無視しえない量であった。暫くの後、それは、排ガス中にN2Oが存在していたのではなく、分析器にかけるため採取したバッグに保管しているうちに、排ガス中に含まれていた水分が凝縮し、ついでSOxとNO,NO2が凝縮した水中で反応してN2Oガスが生成していた事が判明した。実際の排ガス中の濃度は低かったわけで、米国は温暖化ガスとしてのN2Oには早くから注目していたから、事なきを得たが、地球温暖化が政治問題化した頃に発覚したとすると小さからぬ騒動になった筈である。

燃焼でのNOxの生成と抑制  

 NOx(ここでは、NOとNO2のことと考えて頂きたい)は触媒作用あるいは反応停止作用を有する物質として、従来より化学者たちの検討対象となってきた、なかなかに活性で興味ある物質である。

 燃焼排ガス中に存在する SOx は石油や石炭などの燃料中の硫黄分に起因するが、NOxの場合は、燃料中の窒素分に起因する「フュエルNOx」とは別の成因によるものがある。つまり、SOxは、燃料中の硫黄分の酸化によって生じるものが殆ど全てであるから考えやすいし、通常の燃焼ではSO2と微量のSO3以外の他の形に変換することはない。一方、NOxは、燃料中の窒素分に起因するだけではなく、空気中の窒素に起因するものとがあり、また燃料中の窒素分もNOxではなく無害な窒素(N2)に転換する部分もある。要するに複雑で、燃料や燃焼方法によって先差万別のNOx濃度になるため、燃焼の場面では面白みの少ないSOxと違って、研究改良の余地が大きく自動車・プラントメーカなどの激越な競争の種になるのである。事実、NOxになんらの配慮もなく燃焼器をつくれば数千ppmという「NOx製造装置」になってしまうことも珍しくない。

 燃焼空気中の窒素に起因するNOxは高温で生じるので「サーマルNOx」(熱NOx)と称されるが、その一つは燃焼空気中の窒素と酸素が結合するものである。燃焼温度の影響が極めて大きく1300℃以上になると急激に生成量が増大する。例えば、空気を1400℃で1秒間保つと1できるものが、1500℃では10、1600℃では100という具合である。一般に化学反応は温度の影響が極めて大きい。この温度の効果について初めて見解を示したのは、CO2の温暖化効果に言及した最初の一人である、あのS・アレニウスである(第2講)。彼は、普通の分子より或る程度エネルギーの大きい分子のみが反応にあずかるとして、現在も化学・物理の分野での基本的な概念である「活性化エネルギー」の概念を示したのである。今、多くの反応実験で、横軸に絶対温度の逆数を、縦軸に得られた反応速度の対数をとって直線になれば、ひとまずは安心となるが、この化学反応の温度依存性に関する誠に偉大な関係の提案である。従って、燃焼温度を下げるというのが、NOX生成抑制の基本的対策であり、内燃機関やボイラなど、さまざまな機器での低NOx手法の基本指針となっている。

 もう一つのサーマルNOxの成因は、燃料中の炭素、水素と、空気中の窒素が反応して中間体であるシアン化水素(HCN)やアンモニア(NH3)を経由して、NOxとなるものである。これはプロンプトNOxと呼ばれ、一般には前者に比べ少ない。事実、メタンの場合も、実際の燃焼より空気不足の条件を選べばHCN,即ち青酸カリのもとが生成する。技術者とは怖いもので、燃料さえ準備できれば、青酸カリをつくる位は何でもないのである。もっともサリンや、いつも青酸カリの2000倍の毒性と紹介されるダイオキシン等、悪しき強力ルーキーの登場で格はだいぶ落ちてしまったが。

 こうして生成したNOxの大半はNOである。高温では化学平衡的にもNO2はごく微量であり、NOと酸素との反応は温度が低いほど速い特異な反応で、高温の燃焼器内では、通常、微量がNOに酸化される程度である。従って、大半はそのままNOの形で煙突から大気中へ放出され、そこで比較的速やかにNO2に転換される。ただ、排ガス中に特定の物質、特にアルコールやその酸化形態であるアルデヒドなどが存在すると、ある温度域(500〜700℃)でNOはNO2に容易に酸化され、水溶液に吸収され易くなるとともに、後続の脱硝プロセスなどに影響することになる等、なかなか面白いものである。今後、CO2対策として生物起源のアルコールが自動車用燃料として本格的に利用されることになれば、これら基本的化学物質間の興味ある反応の研究とデータ蓄積もまた進むと思われる。

NOx についての先人たちの成果  
    
 以上のようにそれ自身有害であり、酸性雨や光スモッグの原因にもなる大気公害成分として一般には厄介者と認識されるNOxであるが、生物との関わりを考えると、窒素はタンパク質、核酸などの構成元素として生体に必須であり、大気中でのNOxとしての存在は、その生物界における循環サイクルの重要な一部である。一方化学工業界にあってはNOXは従来より基本的物質として極めて重要な役割をはたしてきた。先人たちは空気中の無尽蔵の窒素を工業製品として固定する方策を探求し、その最初の発明として1903年、高圧電気アークを用いる電孤法を生み出したのであるが、次の反応式で示されるNOが今日、「サーマルNOx」と名称され、光化学スモッグ、酸性雨の原因となるとは彼らには勿論想定外であったであろう。

  N2+O2  → 2NO  (1)  

 その後、電力に頼らない、いわゆるハーバー・ボッシュ法によって水素と窒素からアンモニアが合成されるようになった。この成功は化学の基本的原理である化学平衡に関する考察によってもたらされたものであり、肥料、爆薬など応用面の重要さも含め、時代を画する大発明であった。この方法によって現在人類が化学肥料用に空気中の窒素からアンモニウムイオン、硝酸イオンとして固定する量は、生物活動、雷など自然界の年間窒素固定量の50%にまでなっている。

 また、NOxは現在も重要な工業薬品である硝酸の製造過程における中間体である。1776年、硝酸が窒素と酸素の化合物であることを証明したのは先述のラボアジェであった。当時は硝石など天然物から得られていたが、現在ではその製造は殆どがアンモニア酸化法によっている。アンモニアから硝酸をつくる工程は、図8・3の反応で示される。

図8.3 アンモニアからの硝酸の製造法

硝酸はアンモニアを原料とし、NO、NO2を経由してつくられる。製品である硝酸は生成したNOを酸素でNO2に酸化し、それを水で吸収して得られる。

 さて化石燃料の燃焼過程では、前述したように、燃料中の窒素分は、シアン化水素またはアンモニアに変換された後、NOx或いはN2になるが、それはアンモニアの場合、総括反応としては(2)〜(4)式で示される。さらに現在最も一般的なアンモニア添加による排煙脱硝法は硝酸の製造過程での副反応である(4)式を触媒を用いて選択的に生起させる工夫の所産である。

 このように、当然のことながら、現在の科学技術は先人たちの多くの努力の積み重ねの上にある事を改めて知るのである。

 少し排煙脱硝技術に追加して言及しておこう。発電所などの排煙中の窒素酸化物を無公害化するためには、上記の(4)式によって、アンモニアと反応させ、無害な窒素とする。一般には前述のように酸化チタンやアルミナ系のセラミックスを母材(担体)とし、これにバナジウムなどの活性金属の酸化物を担持した蜂の巣(ハニカム)状或いは格子状の触媒を用いる。燃料が石炭の場合は、排ガス中に煤塵などを多く含むから目詰まりしないように粗く、天然ガス用には目が細かいが、概ね3ミリから5ミリの目開きである。手にとって見ると向こうが覗けるから、こんな荒い升目の中を排ガスが流れて1秒間ほど接触するだけで気体中のNOx分子がなくなるのか、不思議に思う人も多いらしいが、升目の中央を通るガス中のNOxも拡散して大半は添加したアンモニアとの触媒上の表面反応に与って無害な窒素に転換され、最終的には煙突から大気中へ放出されるのである。

生体内でのNOXの作用   

 NOx対策は大学・産業界にあっても殆ど半世紀にわたる一大テーマであり、燃焼、触媒、分析などの課題に人生の最良の部分を捧げた技術者・研究者は数多い。現在も、排出量低減のための努力を続けている人々が多数にのぼる。NOxに本格的に関わった技術者は、日本だけでもそれこそ数千人は下らぬであろう。一般の人でいえば、化学物質といえば、毎晩のエチルアルコールと、サプリメントのビタミン類、例えばアスコルビン酸(ビタミンC)位かと思うが、理工学、特に化学分野の専攻者は一生の間にかなりの数の化学物質に関与する。そしてそのうちでも特に関わりが強く、愛着をもつ物質がある。NOxはそのような意味で最大の対象の一つであろう。ただそれらの大半は、工学、理学の分野の人々であった。

 多くは工業的営為の列につながっているそれらの技術者にとって、燃焼で生成するNOx は低減処理すべき物質の代表格でしかなかったが、1980年頃より、そのNOxが生体内で極めて重要な役割を果たしていることが注目されてきた。即ち、循環器系では血圧調節、脳神経系では神経伝達や記憶、呼吸器系では肺の血流調節など、さらには消化器系、生殖系、免疫系にいたる多様な生理的役割をもっており、一時期は、原因が判らなければNOのせいにすればよいという状況であったとのことである。例えば、呼気中のNO濃度は喫煙者が低く、非喫煙者、喘息患者の順に高い。喘息患者は特異的に呼気中のNO濃度が高いのであるが、喫煙者の場合、煙草の煙は1000ppm弱のNOxを含むため、気道・肺のNO合成酵素の働きを弱め、低くなるとされる。

 そして1998年、このようなNOxの体内での生理学的な機序を解明した業績で、科学界のとび切り傑出した成果に与えられる賞が米国の3人の研究者に授与された。NOのような単純でよく知られていると思われていた化学物質が、人体内でこのような広範な働きを有することは意外だったらしい。燃焼排ガス中のNOx低減を主テーマとしていた理工学系の研究者も、自分が関係した物質の新しい地平が開かれたことには、新鮮な感慨をもったことであろう。

 体のなかで発生したNOは血管を拡張し、血圧を降下させる効果、つまりは狭心症の痛みの緩和効果を有する。現在最も多用される狭心症の疼痛の緩和薬はニトログリセリンであるが、この効果は、ニトログリセリンが体のなかでニトロ基からNOを発生することによる。ニトログリセリンを珪藻土に浸み込ませることで爆薬として実用に耐えうるようにして、巨大な冨を築いたのはアルフレッド・ノーベルであるが、彼もまた晩年は狭心症となって、ニトログリセリンを服用し、体内で発生したNOのおかげで痛みから解放されていたわけである。かれの残した基金をもとにする賞が、一世紀を経てNOの体内生理機序の解明者に与えられた、この出来すぎの感さえある成り行きは、窒素と酸素というありふれた原子1個づつから成る単純至極なこの化学物質の奥深さを示すものである。