10.排ガスからのCO2回収

   「雑説 技術者の脱炭素社会」の自解(10/21)

またそれに近きある日、大学恩師と談じる機ありて、燃焼排ガス中CO2の回収・貯留のことに及べり。今かくなること迄思議する要ありや、謦咳に接して例少なき恩師 吃驚 ( きっきょう ) のご様子、昭然今に牢記してあり。 烏兎 ( うと ) 怱々、 ( ) ること既に三〇年余に及ぶ。旧弊人たるの感懐 ( むべ ) ならんや。

 今は良く話題に上る、COの回収であるが、誰もが最初に聞いたときには驚愕一方ならぬものがあろう。今から15年前に著者は次のように書いた。

 「確かに燃焼排ガスからのCO2の回収・処理はその量の膨大さを考えると、容易ではない。回収に要する設備費用、消費される電力、環境への二次的影響などを考慮すれば、研究はともかく実際には実行しないで済めばそれに越したことはない。他の再生可能エネルギー開発や、省エネルギー技術とは意味が異なる。ただ目覚しいCO2対策技術が開発されても、それが順調に全地球規模に拡大・実現するには時間を要し、温暖化の重篤な脅威がその前に訪れることになる可能性は今や否定できない状況になりつつある。諸般の比較考量は困難な議論となることであろう」

 すなわち現在は、差し迫った「温暖化の重篤な脅威」が広く認識され、本手法について本格的に計画されるに至ったわけである。実際、低炭素のそれも初期段階ならともかく、この手法なくして本格的な脱炭素は困難であろう。脱炭素のためには、基本的には、COを出さない方法か、CO2を出してもそれを回収し大気中から隔離する、或いは再利用するこの方法を採用する以外にはないからである。勿論、再生可能エネルギー利用などCO2を排出しない方法を主体とすべきことは当然である。

 少し離れて考えると、もし燃焼排ガス中のCO2が液体、或いは固体の状態であるなら、排ガス中に含まれる窒素、酸素、水蒸気などからのCO2の分離回収は容易であり、液化・固化のためのエネルギー、設備も不要となって好ましいことである。もとよりCO2自体の物性を変えることはできないが、もしCO2が常温常圧で酸化鉄や酸化鉛のような固体であれば、円滑な燃焼は不可能であり、できたにしてもCO2が地球上のどこにでもゴロゴロとあふれて、人類の生活は困難を極めていただろう。CO2が気体であるからこそ、太古より世界の大気中にあまねく分布して、生命の源である光合成のもととなり、人類が燃焼という操作によって自由にエネルギーを獲得でき、そして今では人類が排出した赤外吸収能をもつそれが、地球温暖化の原因ガスに擬せられているのである。

 さらに基本的なことを付け加えると、化石燃料を効率的に使い、また節約する方が、「化石燃料の枯渇抑制」に好ましいことは当然であり、従来はコスト低減にもつながることから、産業革命以来、多くの技術者によって鋭意取り組まれてきたところである。そしてこの高効率化、省エネルギーは同時にまた「温暖化対策」にもなってきた。これは幸運なことで、もし逆にCO2の大量排出が温暖化を抑制できる、ないし寒冷化を招くとすれば、別の大変な議論になっていたであろう。 宮澤賢治の「グスコーブドリの物語」は、主人公が寒冷気候下での飢饉を救うために火山を爆発させCOを大気中に振りまいて気温を上げるという、今の状況とは真逆の筋立てあるが、これもまた、現時点で人間に都合が悪いというだけで厄介視されているCO2の基本的な物性のなさしめるところである。  

本文は「雑説 技術者の脱炭素社会(改訂増補版)」(2023年11月、梓書院)の「自解優游」の一部です。

 アマゾン https://onl.bz/pDuFDYn2023年11月、通常現代文の解説(50頁)を加え、改訂しました