9.燃焼の本質

   「雑説 技術者の脱炭素社会」の自解(9/21)

燃焼の本質は化学反応なれど、それ未だわれら充全に理解してはあらず。否、 ( まった ) き理解になほ遠きと認めずんばあらず。・・かくして、日常接する 蝋燭 ( ろうそく ) 、ガスコンロの炎、いまだ神秘のままにして、人間の理論・数式を超えて自然はありとの感懐、また適当すべし。マイケル・ファラディーに著明の言あり、「みづから光り輝く蝋燭は、いかなる宝石より美なり」と。

 人類が他の動物に優越して繁栄する元となった「火」であるが、その火が燃えるという現象の意味を知ったのは18世紀後半であった。フランスのラヴォアゼは、天秤を用いた定量的実験によって、その本質は空気中の酸素と燃えるものとの化学反応であることを示した。ただ、燃焼反応の詳細については21世紀の現在も研究が続けられている。例えば、家庭用ガスコンロで使うメタンCH4の燃焼反応について考えてみよう。

 化学式で書けば、高校化学で習うように

CH4+2O2=CO2+2H2O

となる。この場合単純にCH分子と酸素分子が高温で直接反応して、COと水ができるわけではない。反応の中間体として、OHやH原子といった寿命の短い数十もの化学種が関連し、数百の反応が連続的に起こって最終的にCOと水分子ができるのであり、きわめて複雑である。現在でもメタン燃焼の化学反応を精確に記述することはできない。

 単純な気体であるメタンの場合すらそうであるから、固体である石炭、液体である石油などでは、ガスの揮発や、残留固形物の燃焼もあり、さらに評価が難しくなる。また、燃焼は実際には化学反応だけではなく原料と空気、また生成物の流動・拡散が複合した現象で、かつ高温度でおこなわれるから、近代科学勃興の昔より多くの研究成果はあるが、十分に解明されていないところも多い。燃焼は人類の50万年以上前からの技術であるが、ろうそくの炎はまだ神秘的なままなのである。判っていることの学術的深遠さに比べると、日常見慣れた単純な現象を十分には説明できない、というのはどこの世界にでもあるが、燃焼はその一例であり、今日の電力利用の元になった電磁誘導の発見者でもある上記ファラデーの言は今日でも首肯されるのである。

 ただ、現象の複雑さはともかく、燃焼は理工学的考究の対象であり、条件さえ決めれば、実験には再現性がある。日頃は当然と思っているが、改めて鑑みれば、気候など自然現象の長期予測などと違って、実験によってある命題を比較的短時間で検証できるというのはまことに有難いことと言わねばならない。

本文は「雑説 技術者の脱炭素社会(改訂増補版)」(2023年11月、梓書院)の「自解優游」の一部です。

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