10.メデイアとエネルギーの事,雑説・技術者の脱炭素社会(10/15

ある人の云ふ、

 一時期、テレビ報道に曰く、走行時にCO2を出さずして環境に優しき電気自動車、と。「走行時に」と附すは、往昔の燃料電池車の折には、多くかかる限定なかりし故、大いなる進歩と認むべきか。世人、「走行時」の限定に気を向けるは多くなし。技術に疎き人、CO2とは全く無縁なるがゆえ環境に優しと思はずや。もしつけ加へて、この電気自動車の元なるエネルギーは、今、化石燃料の火力、原子力、再生可能エネルギーのいづれかにして、このうち火力発電はCO2排出すれど、他二つはCOを出ださず、となせば、視聴者、これらの課題含めて感得でき、啓蒙に資する多からん。また、再生可能のバイオマス由来燃料用ゐれば、電動自動車ならず内燃機エンジンにてもCO2排出なしと評価さる。すなはち、そもそもの元(一次エネルギー)の何たるや、これCO2問題の 肯綮 ( こうけい ) の筈なるが、時間の制限、或いは別の意図あるや、云ひ及ぶは稀なりき。

 序 ( つい ) でにしてここに述べん。燃料電池報道華やかなりし頃、これできれば、エネルギー問題すべて解決とでも云ひたきもの少なからず。はては、燃料電池、究極のエネルギーとせしさえありき。燃料電池はエネルギーにあらず。飢ゑたる児へ与ふるに食物ならずして、以て煮炊き道具とするが喩へ、相応ずべし。これら知りて報ぜるや、或いは別に忖度、忌避ありたるや知らず。

 先日は、表題「水よりアンモニア」の記事、さる紙誌に見る。戦時中著明の「水よりガソリン」詐欺とは違ひ、内容の誤りもとより一語だになからん。ただ、案ぜしは裏切られず、最も肝要なる必要エネルギーにつきては、一般読者に理解し難き用語用ゐ、高級なるが態にて補足されたるに過ぎざりき。アンモニアに燃焼熱ありて、水にはなし。以前より尽きぬ「水より水素」のある種記事と同じ、 ( あた ) か永久機関でき得べしの趣き、何となしには覚えし。

 エネルギー・環境技術に関するメディアの役割大にして、また期待大きなること ( あきら ) かなり。一般衆庶の知識と認識、一国一産業の興隆 陵遅 ( りょうち ) にかかることあればなり。ただ地味有用の営みは記事になし難く、世間また喜び迎へるところは、有望楽観の報ならん。「あとはコストの問題のみ」と結べる記事、多く十有余年後もなほコスト問題なり。かくなる報道の延長線に、エネルギーの大問題論ぜらる、思ひて 暗鬱 ( あんうつ ) 怏々 ( おうおう ) たること無きにあらず。対するに当今、この分野のニュース、時にネットにのぼる。これに付さるる一般のコメント閲するに、中に他愛なきあれど、概すれば、主義主張強からずして素朴現実的なるもの多くして、時代の移りたるを知る、と。

孫樹先生曰く、

 20年の昔、 狎昵 ( こうじつ ) の友より聞けるあり。開発中の家庭用燃料電池説明がため、テレビ番組出演の依頼あり、その事前の打合せに、生成するは水のみとの先方担当者説明案に、困惑の友曰く、燃料電池で生成するは確かに水のみなれど、これ燃料は都市ガスがため、水素つくる改質器にてCO2発生あり、されど全体として今より格段のCO2減少期待能ふものなり。担当者の曰く、それ 煩瑣 ( はんさ ) にて、時間余裕もなければ、この番組視聴者に明快ならず、 ( しか ) して燃料電池のクリーンさ伝はらず、と。今世論の一端、かくなる報道累積が上にあるは疑ひなし。

 けだし世にある情報、多く自発して考へるがための端緒にすぎず、この分野の今、別してしかり。「完璧なる部分」は殆ど意味なさずして、「疵多けれど真つ当の全体」こそ肝要なること、エネルギー・環境問題の顕著なる特質が一つと目すべし。自らは低炭素・クリーン誇るも、その分ほかに依拠する、これ意味なきなり。されど全体考察なすは、基本の知識要するがため容易ならず、ためにメディア好みて取り上げ、かつ世に流布するは、判り易き一部の完璧に傾くこと、紙面、時間に限りあればこれ致し方なし。ただ脱炭素社会の議論盛んなる今日、一般の関心また高ければ、これ、日追ひ月従ひて良き方向へ向かふべし。昔時、われもまた、 胡乱 ( うろん ) 気味ある報道に、 瞋恚 ( しんい ) 抑へる能はざるもありき。されど齢 ( かさ ) ねて今、記事内容、先行き含め、諸事 ( すべか ) らく善意楽観に解し、以て心やすらふべく務めるに到れり、と。

肯綮 物事の急所、かなめ。

陵遅 物事が次第に衰えすたれること。

怏々 心が満ち足りないさま。晴ればれしないさま。

狎昵 なれ親しむこと。 

瞋恚 怒ること、いきどおること。

「雑説 技術者の脱炭素社会(改訂増補版)」より

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(長崎総合科学大学 バイオマス研究室,特命教授 村上信明)