ある人の云ふ、
温暖化抑止がためのCO2(二酸化炭素)削減、大声
疾呼
*されて久し。今、勢ひ既に決すが如くなれど、その懐疑の論もまた変はらずしてあり。これ互ひに
侃諤
*の論を為すといふにあらずして、相手が言
謬誕
*となしての非難冷嘲の場外抗争なれば、収束期し難き感、なほ拭ふ能はず。これらの
裡
にある人、相手の理に折れ論に服するは、生あるがうちには無きが如くなり。時に要路のまた市井の人の云ふ、「科学」に
遵
ふべしと。これ科学的内容の是非ならず、科学者かく云ひたり、といふに過ぎざれば、彼らが責なほ重きと目さずんばあらず。
改めて思ふ、今、エネルギー・環境を主題となしたる工学の講義多く、教官その具体的技術、課題の本題講ずるに、前提なる温暖化、気候変動、かつは化石燃料枯渇に云ひ及ぶこと必須にして避けえず。企業技術者、研究開発の提案書冒頭にそれ記するをまた
躊躇
はず。されど、今に至るも厳しき論ある温暖化につき、彼ら専門家にあらずして、微妙のところ「・・とされてあり」なる伝聞に托するほか術を有せず。
尤も、彼ら例へば環境ホルモンの医学的影響につきては専門の
外
なり。石油の埋蔵量も実地に調査せし訳でもなけれど、温暖化問題は別して難と瀬ズンバあらず。大学の教員、書物よりの知識に依りて学生に教授するのみ。
遑
なければ気象学基礎の
瞥見
*に及ぶ教員すら少なからん。すなはち人為的CO2排出と温暖化の関係につきて、一般以上の答へ用意あるなし。量子力学、量子光学の素養要する原理的部分の不明なるやむを得ざること、進みてコンピューター
模擬
計算
に係る気温将来予測の定量性また確度、果ては政治、金融、関連業界の確執闘争まで含めし背景に到りては、関はる余裕更になければ不案内なること、
宜
にして
贅言
*を要せず。
常は慎重にして口
訥
なるひと、語を進めて云ふ、
頃日
、さる所にエネルギー技術の講演機会あり。聴講の一人の若き、講演後のわれに寄り来りて問ふ、方今に至るも地球温暖化の議論なほ多し、このままCO2の排出続かば、温暖化進み地球環境破滅に及ぶべし、これ真実なるや、虚偽なるや、先生
如何
の感をなせるやと。われその答への略に曰く、真実、虚偽は技術者に問ふに以てする用語にあらず。大気中のCO2濃度倍すれば、世界の各研究機関の模擬計算結果、気温上昇2.1から4.7℃の範囲に分布すとの報あり、先生これ妥当と思ふや、或いはより高く、低くなると考えへるや、
将
また、予測計算に重き要素の考慮の外あるがため疑はしと思ふや、なる趣の問ひなれば有難し。尤もいづれにあれ、われただ告ぐるのみ、その知識経験なくして答ふ能はず、ご
寛恕
*乞ふ、人類CO2大量に排出しきたり、これなほ続き、かつはCO2分子に赤外吸収能あれば、
幾許
の影響なくしてはあらんの漠たる感のみ、肝要のその定量性に及びては知るところ更になし、と。
退きて鑑みるに、われら技術屋また流動、燃焼、化学反応など模擬計算多くなせど、他人の結果に単純無条件に服する、これ少なし。いはんや複雑膨大、不確定パラメータ多数の模擬計算になる長期予測なり。この計算の性格よりして唯一絶対、或いは最高のプログラムといふものなく、更には第三者の検証、不可能とは言はずも実際にはなかなかに困難なるべし。当の本人ら、これ不確実性ある複雑困難の将来予測にして、通常の科学とは異なれりとするも宜ならんや。
直
の確認また再現可能の実験に依れるわれら、日頃の苦心はあれど、すなはち幸ひといふことなるべし。専門の外なること、
迂闊
の言辞弄するは身危ふければ、これにて止む、と。
孫樹先生曰く、
かくなる模擬計算は、実以て経験したる人、課題また結果の評価、漠とながら
量
ること能ふべきも、経験なき人には判じ難きといふ典型ならん。かほどの規模・複雑にはあらずも、例へば化学の分野に、多数の素反応、素過程を含む模擬計算必要なるケース少なからず。燃焼反応解析、その一例にして、実験結果と整合せざる場合、或いは参照のパラメータ数値に信頼性薄き場合、もとよりあり。ある活性種の生成し、ために忽として様態一変し、計算時間刻み再考の要あること、またこれあり。
然
ると雖も、今は暫定なるパラメータ、いつの日か量子化学のそれ定量的に示しくれ、精確の計算に依らば、全体分明とならんの期待あり。貴君云ふ、実験また基礎理論によりて確定可能のわれらが生業への感謝の意、今
相
同じうするものなり、と。
あらずもがなの注
疾呼 慌ただしく呼びたてること。
侃諤 侃々諤々の略。大勢で盛んに議論するさま。
謬誕 あやまり、でたらめ。
瞥見 ちらと見ること。短い時間に見ること。
贅言 無駄な言葉。
寛恕 広い心でゆるすこと。
「雑説 技術者の脱炭素社会(改訂増補版)*」より
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