1.温暖化問題の事,雑説・技術者の脱炭素社会1/15)

ある人の云ふ、

 温暖化抑止がためのCO2(二酸化炭素)削減、大声 疾呼 ( しっこ ) されて久し。今、勢ひ既に決すが如くなれど、その懐疑の論もまた変はらずしてあり。これ互ひに 侃諤 ( かんがく ) の論を為すといふにあらずして、相手が言 謬誕 ( びゅうたん ) となしての非難冷嘲の場外抗争なれば、収束期し難き感、なほ拭ふ能はず。これらの ( うち ) にある人、相手の理に折れ論に服するは、生あるがうちには無きが如くなり。時に要路のまた市井の人の云ふ、「科学」に ( したが ) ふべしと。これ科学的内容の是非ならず、科学者かく云ひたり、といふに過ぎざれば、彼らが責なほ重きと目さずんばあらず。

 改めて思ふ、今、エネルギー・環境を主題となしたる工学の講義多く、教官その具体的技術、課題の本題講ずるに、前提なる温暖化、気候変動、かつは化石燃料枯渇に云ひ及ぶこと必須にして避けえず。企業技術者、研究開発の提案書冒頭にそれ記するをまた 躊躇 ( ためら ) はず。されど、今に至るも厳しき論ある温暖化につき、彼ら専門家にあらずして、微妙のところ「・・とされてあり」なる伝聞に托するほか術を有せず。

 尤も、彼ら例へば環境ホルモンの医学的影響につきては専門の ( よそ ) なり。石油の埋蔵量も実地に調査せし訳でもなけれど、温暖化問題は別して難と瀬ズンバあらず。大学の教員、書物よりの知識に依りて学生に教授するのみ。 ( いとま ) なければ気象学基礎の 瞥見 ( べっけん ) に及ぶ教員すら少なからん。すなはち人為的CO2排出と温暖化の関係につきて、一般以上の答へ用意あるなし。量子力学、量子光学の素養要する原理的部分の不明なるやむを得ざること、進みてコンピューター 模擬 ( シミュ ) 計算 ( レーション ) に係る気温将来予測の定量性また確度、果ては政治、金融、関連業界の確執闘争まで含めし背景に到りては、関はる余裕更になければ不案内なること、 ( むべ ) にして 贅言 ( ぜいげん ) を要せず。

常は慎重にして口 ( とつ ) なるひと、語を進めて云ふ、

 頃日 ( けいじつ ) 、さる所にエネルギー技術の講演機会あり。聴講の一人の若き、講演後のわれに寄り来りて問ふ、方今に至るも地球温暖化の議論なほ多し、このままCO2の排出続かば、温暖化進み地球環境破滅に及ぶべし、これ真実なるや、虚偽なるや、先生 如何 ( いかん ) の感をなせるやと。われその答への略に曰く、真実、虚偽は技術者に問ふに以てする用語にあらず。大気中のCO2濃度倍すれば、世界の各研究機関の模擬計算結果、気温上昇2.1から4.7℃の範囲に分布すとの報あり、先生これ妥当と思ふや、或いはより高く、低くなると考えへるや、 ( はた ) また、予測計算に重き要素の考慮の外あるがため疑はしと思ふや、なる趣の問ひなれば有難し。尤もいづれにあれ、われただ告ぐるのみ、その知識経験なくして答ふ能はず、ご 寛恕 ( かんじょ ) 乞ふ、人類CO2大量に排出しきたり、これなほ続き、かつはCO2分子に赤外吸収能あれば、 幾許 ( いくばく ) の影響なくしてはあらんの漠たる感のみ、肝要のその定量性に及びては知るところ更になし、と。

 退きて鑑みるに、われら技術屋また流動、燃焼、化学反応など模擬計算多くなせど、他人の結果に単純無条件に服する、これ少なし。いはんや複雑膨大、不確定パラメータ多数の模擬計算になる長期予測なり。この計算の性格よりして唯一絶対、或いは最高のプログラムといふものなく、更には第三者の検証、不可能とは言はずも実際にはなかなかに困難なるべし。当の本人ら、これ不確実性ある複雑困難の将来予測にして、通常の科学とは異なれりとするも宜ならんや。 ( ただち ) の確認また再現可能の実験に依れるわれら、日頃の苦心はあれど、すなはち幸ひといふことなるべし。専門の外なること、 迂闊 ( うかつ ) の言辞弄するは身危ふければ、これにて止む、と。

孫樹先生曰く、

 かくなる模擬計算は、実以て経験したる人、課題また結果の評価、漠とながら ( はか ) ること能ふべきも、経験なき人には判じ難きといふ典型ならん。かほどの規模・複雑にはあらずも、例へば化学の分野に、多数の素反応、素過程を含む模擬計算必要なるケース少なからず。燃焼反応解析、その一例にして、実験結果と整合せざる場合、或いは参照のパラメータ数値に信頼性薄き場合、もとよりあり。ある活性種の生成し、ために忽として様態一変し、計算時間刻み再考の要あること、またこれあり。 ( しか ) ると雖も、今は暫定なるパラメータ、いつの日か量子化学のそれ定量的に示しくれ、精確の計算に依らば、全体分明とならんの期待あり。貴君云ふ、実験また基礎理論によりて確定可能のわれらが生業への感謝の意、今 ( あい ) 同じうするものなり、と。

あらずもがなの注

疾呼 慌ただしく呼びたてること。

侃諤 侃々諤々の略。大勢で盛んに議論するさま。

謬誕 あやまり、でたらめ。

瞥見 ちらと見ること。短い時間に見ること。

贅言 無駄な言葉。 

寛恕 広い心でゆるすこと

 「雑説 技術者の脱炭素社会(改訂増補版)」より

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(長崎総合科学大学 バイオマス研究室,特命教授 村上信明)