ある友の云ふ、
齢たけたるがためなるや、朝早く醒めて、まとまりなき思念
枕上
に少なからず。今、石油文明と云はることあり、それ
釁
端
*とする戦争も幾度かありき、
而
してわれらにとりてエネルギーとは何たるやといふが如きものなり。
人類社会、エネルギー巧みに利用して発展成長遂げきたりき。エネルギー供給の太宗、薪、水車、風車より石炭、石油へと移り、今、天然ガス、原子力も用ゐらる。その変遷は、産業のみならず、社会構造の大いなる変容
齎
して今日に到れり。かのエドウイン・ドレーク*考案したる掘削と同時に鉄管打込む手法にて、米国・ペンシルバニア州地下より勢ひ猛く石油噴出させたるは、1859年8月27日がことなり。近代石油産業の歴史、ここに於て始まる。160年後の今日、われらかの時には想像せざりし様々なる動力機械、また利便の機器を操り、以て石油文明とも称さるる時代築けり。
エネルギーを効率的に利用する能力、生き残るがための要諦たり。空気中に酸素分子の生成し始めたる地球太古の昔、それより前には害なりし酸素を有効に利用できるよう進化せし生物、これ生態系の支配者となり、従来の道進みたる化学合成細菌は今、往昔姿のまま、密やかに地球片隅に生息してあり。有機物より、生物活動に必要なるATP*効率的に生成するに、酸素使用有利なりしが故なり。かくの如く、エネルギーの高効率利用・省エネルギーの工夫は、大きく捉ふれば、独り今日の関連業界のみならず、遥かに超えて百載千載にわたる人類総体としての必須の課題とも云ふべし。
ヒトの歴史の大半、飢餓との闘ひにして、利用するエネルギー、もとより僅々の自然エネルギーに過ぎざりき。而して今、その生存に必須なるエネルギーの20倍量を消費し、その大半、石油石炭などの化石燃料なり。日本人に限らば、更に多く略60倍量、それに相当する代謝量の動物は、よく引かるるが如く体重数トンの象なり。わが列島に巨象の闊歩一億頭、想ひみるべし。これよりは世界に自然エネルギーの利用多くなされんも、その合計量、なほ減ずるなく使ふこと欲すらん。今火すら満足に繰る動物の他になければ、ヒト、実に過剰のエネルギー利用を為すといふことによりて、最も特徴づけられる動物となるやも知れず。
問題は畢竟するに、人類が現在、生物にして必要なる基礎代謝及び活動に不可欠なる一人一日2000キロカロリー余に数倍する量のエネルギー使用せし、その過大の剰余分たるエネルギーの意味するところ如何、かつは、それ担ふ化石燃料とはわれらにとりて如何なる存在なりや、といふことなるべし。エネルギーの使用は、それ自体目的にあらず。自動車航空機によりて望む場所へ移動し、電気用ゐて洗濯調理をなし、或いは化学製品など製するがための手段に過ぎず。また、過剰分エネルギーの使用によりて、ヒトの種としての基本的生態、例へば食餌、排泄、繁殖の行為形態更に
革
まる無く、平均寿命は格段に延びしも、最大寿命ネアンデルタールの昔にさして変はらずといふ、すなはち生物学的の変化に寄与すること更になし。されば文明作り出すに不可欠のものならんか、エネルギー利用につきては清貧なる中華文明、インカ文明などの古き、近くは江戸時代の循環型社会に思ひ致せば、もとより否なり。個々人の幸福感との相関も、なほ云ふに難んずるところ、高度に工業化され豊かにはなりしが格差の別して大なる今と、不便で多くは貧しかりし昔、エネルギー使用量の多寡に大いなる差はあれど、幼きまた若きの屈託なくして満足の笑顔のいづれまさるや。
「石油文明」、「化石燃料文明」とも称さる今日、これほどに過剰なるエネルギー消費は、何がためなるや、而して次なる段階またその先、如何なるものエネルギー供給の太宗となりて、如何なる文明育むあらんか、或いは、幸ひにそれ持続安定の状に達して、文明に
態々
その名冠するの要なきに至らんか、今、時間の妨げ少なき身とはなれど、古今世変にくらくして凡慮及ぶところならず、と。
孫樹先生曰く、
自ら亡きあとの、先々時代へ想ひ馳するは、個人の日常
煩
ふより、心の養生に良きことなるべし。文明とは興亡常無きものなりとせば、今世界に企図されるところの脱炭素進み、早きに今日の石油・化石文明脱皮して更なる豊穣の文明に至るや、或いは今日の勢ひ失いて衰亡の文明に帰するや、われまた興なしとせず。
「驕れる者は失し、倹なる者は存す、
古
より今に至るまで是あり」*、これまさに古より云ひ慣はされしことと雖も、エネルギー利用につきてみれば、今はさにあらずして、驕れる国またひと、更に別して栄ふべきの
様
ならん。ただ、これ恐らくは、今の化石燃料の時代に於てのみ、今よりさほど遠くもまた近くもなき先の世、期待するが如くには再生可能エネルギー或いは核力エネルギー、潤沢に使ふ能はざるの時代あるべし。而してそれ、この言が如く、倹なる者の栄ゆる真つ当の時代なるべし、と。
釁端 不和のはじまり、争いのもと。
ATP アデノシン三リン酸、生体内のエネルギー供給源。
「驕れる者は失し・・」、西源院本「太平記」巻11より。
エドウィン・ドレーク(米、1819―1880) 鉄道会社の車掌を休職中に、石油会社から依頼され、幾多の困難の末、多量の採油に成功した。その後、米国の石油産業の隆盛とは無縁の窮乏生活に陥ったが、有志の活動により、ペンシルバニア州議会の年金で救済された。
・
「雑説 技術者の脱炭素社会(改訂増補版)*」より
*アマゾン https://onl.bz/pDuFDYn
雑説・技術者の脱炭素社会目次 へ
|